どの学校でも、共用のテニスラケットがあると思う。体育とか、新しくテニス部に入った1年生が使う古ぼけたラケット。
十数年前、私が通っていた公立中学校にもそれはあった。大体20~30本ほどのラケットが、傘立てみたいなカゴに無造作に立てられていた。
当時、ソフトテニス部の2年生だった私は卒業する先輩から、共用ラケットを管理する係を引き継ぐことになった。
一通り説明を受けた後、3年生の先輩がこんなことを言った。
「このラケットの中にね…使うと不幸になるラケットがあるの。
私の2学年上の先輩から聞いたんだけど、その上の代で最後の大会前に事故で亡くなった生徒がいたらしいの。
その子、用具の扱いに頓着が無かったんだって。
持って帰るのが面倒だからって共用の中に自分のラケットを置いてたんだって。
それで、亡くなった後、どれがその子のラケットか分からなくなっちゃって。
…そのラケットを使った人は不幸になるらしいよ…」
何度も話しているのだろう。たっぷりと間を作って先輩は得意げに喋っていた。
確かに、ここにあるラケットがどんな経緯でここにあるかなんて分からない。まとめて学校が購入したのか、卒業生が寄付したのか。卒業生の中には処分が面倒でこの中に自分のラケットを置いた人もいたかもしれない…そう考えると、誰が触ったかも分からないラケット達がなんだか汚く思えたのを覚えている。
“それ”を見つけたのは同じ年の夏休み中の練習後だったと思う。
テニスボールで一杯になった買い物カゴを両手で抱えながら、私は「備品倉庫」に向かっていた。
テニスコートの隣には小屋みたいな「備品倉庫」があった。
中にはボールの入ったカゴやネットが置かれていた。カビの匂いと蒸し暑さの中、カゴをスチール棚の2段目に置く。
勢いをつけてカゴを置いた拍子に、ボールがトントンと軽い音をたてながら、反対側の木棚の下に入り込んでしまった。
小さく舌打ちをしたのを覚えている。
向かいの壁の木棚には壊れたテニス用具や大昔のスコアが詰め込まれていた。
木棚の下に手を伸ばして、カラカラに乾いた虫の死骸にでも触ったら卒倒してしまう…嫌な想像をしながら、木棚の下に手を伸ばした。
こつん、と指先が何かに触れた感触があった。思わず手を引っ込め、その拍子に、腕を木棚にぶつけてしまった。建付けの悪い棚が揺れる。
もう一度、恐る恐る木棚の下をのぞき込んだ。指先に触れたのは何か白くて平べったい物だった。
使われない木棚の下にある、紙に包まれた何か――私は好奇心に駆られて、思ったよりも軽いそれをずりずりと引き出した。
それは、形状から見るに恐らく白い紙でくるまれたテニスラケットだった。大きな一枚の紙でくるんだ後、ガムテープがぐるぐると乱雑に巻いてある。隙間がなく、中を見ることはできない。新品を包んでいるにしてはあまりにも雑だった。
壊れたラケットだろうかと思い、何の気なしにくるりと裏返すと大きく、
『絶対に触るな。聞くな これはきいちゃんのもの。』
と書かれていた。ぎょっとしてしまう。
『絶対に触るな。聞くな』の部分は黒いマジックを使ったような太字だが、『これはきいちゃんのもの。』という部分は鉛筆で書いたような字だった。
私は瞬間的に先輩から聞いた噂を思い出した、でもあれは卒業する生徒の話だったはず。でもこの鉛筆で書かれた文字はまるで幼い子供のような…そんなことを考えていた、その時だった
「しまっておこうね」
知らない声が聞こえた。
ゾワっとして後ろを振り返っても誰もいない。私はラケットを棚の下に滑り込ませ、そのまま急いで帰宅した。
3日間くらいは一人でいるのが怖く感じられたが、喉元過ぎればというやつで、いつの間にかそんなことも忘れていた。
こちらのサイトに何か投稿しようと思った時にこの話を思い出した。昔の記憶をたどりながら書いている時に一つ、気付いたことがある。
「しまっておこうね」そう言った時の声がやたら低かったのだ。まるで中年の男性が小さな子供を咎めるような、そんな声だった。




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