僕が学生時代アルバイトをしていたレストランでの話だ。
そのレストランはショッピングモールの中に入っていて、入館するためのセキュリティカードが必要だった。
入館してバックヤードから本館へ出るたびに端末にカードをタッチしなければ扉が開かない仕様だった。
帰る際も本館側からカードをタッチしてバックヤードに戻り、退館手続きをして帰る。
これは入っているすべてのテナントで厳守しなくてはいけないルールで、アルバイトの研修でも説明を受ける。
ある日、ショッピングモールが完全に閉店している時間に大きな地震があった。
安全確認のためにセキュリティ部門の人が館内に従業員が残っていないかセキュリティカードの退館履歴を調べたところ、30名ほど店内に残っていると出たそうだ。
くまなく探しても誰もいないことが確認でき、そこで悪さをしている人間の存在が明らかになった。
入退館の手続きがいちいち面倒なので、退館をせずにお客様用の入り口からそのまま帰り、また次の日に出勤する。
そういったことを常習的にやっていた人がとても多かったそうで、大々的にバックヤードに張り紙がされていた。
入退館の厳格化、厳罰化を施行します。
その張り紙を見てなんのこっちゃわかっていなかった僕は、店長からことのあらましを聞いて1人納得をした。
ここまでの話は当時働いていたショッピングモールにいた人ならみんな知っていた話だ。
そんな30名いた未退館者の中に、1人だけあり得ない人物がいたそうだ。
この話は早朝に館内を清掃するスタッフのお爺さんに聞いた話だ。
僕はよく喫煙所でそのお爺さんから館内のゴシップを手に入れていたのだが、その日は暗い表情をしていたのを覚えている。
なんでも5年ほど前に辞めていた同僚の方がいたそうで、その人の名前も未退館者の中にあったそうだ。
5年間も未退館のままになるものですか、と聞くとしっかり者の人だったからそんなことはしないはずだと。
仕事が好きで、いつも埃が残らないように隅まで綺麗にする丁寧な人だったと言っていた。
身体を悪くするまで、72歳まで働いていたとも言っていた。
なぜそんな話を知っているかというと、
セキュリティスタッフの人が、ベテランの清掃員だったお爺さんにその人のことを聞いたそうだ。
もう5年も前に辞めたはずだから館内にいるわけないと思うよと。
そうですよねぇと納得していないような返事をしてスタッフの人は事務所に戻って行ったらしい。
その日の勤務が終わった後で、お爺さんは手帳にその人の自宅の電話番号を書き記していたことを思い出し、電話をかけてみたそうだ。
夫婦で一軒家に暮らしていたはずだからまだ電話番号は変わっていないはずだと。
誰もいない更衣室に呼び出し音が響く。
電話はすぐに繋がったそうなのだが出たのは男性の妻だった。
男性の名前を伝えて、久しく連絡をとっていなかったので元気にしているかと思ったんですとなるべく明るく伝えたそうだ。
女性は暗い声色でこう言ったそうだ。
「主人なら3年前に亡くなりました。」
そこでお爺さんは寒気がして、そうですかと言って電話を切ってしまったそうだ。
なんか狐に摘まれたような、嫌な物を見てしまったような気がして足早に退館をして家に帰ることにしたそうだ。
退館手続きをしているときに、先ほどのセキュリティスタッフの人が話しかけてきそうだ。
「先ほどは申し訳ありませんでした。」
「5年前に退職されていた方なんですが、手続きとセキュリティカードの破棄も終了していたそうなんですが、」
「なぜか未だにバックヤードと本館の往復の履歴が残るんですよね」
そう言われたそうだ。




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