取材費用は商品ひとつに円でだいたい20万。
作家のご多分に漏れず、俺も相当カネにだらしないものだから正確な支出額は与り知るところではないが、編集の話を信じるなら、たいていの作家が資料を集めていると最終的に20万から30万のレンジに収まるという。
付き合いのある編集には何でも書けると伝えている。だから何でも書かされている。
どのレーベルでも、やることの大筋は変わらない。
ログラインと設定を送る、ワードに10万字を並べて送る、ケチが付いたところを直して送る、広告屋向けの資料を作って送る――。
もちろんジャンルごとの傾向はある。
ラノベは仕事の回転率が高くて大好きだ。SFはシケた原稿料のわりに拘束時間も取材も激重の罰ゲーム。恋愛は顧客が固定されているぶん、編集側が音頭を取ってくれるから気が楽だった。ミステリの代筆を頼まれたときは少々覚悟が必要だったが、文体さえ寄せれば消費者は満足した。
そのジャンルで書いた経験が無くとも、20万の元手さえあれば一冊に必要な文字は並ぶ。
〆切と購買層のニーズだけミスらなければ、それでいい。
この業務には才能も教養も要らない。そんなもんは20万円ぽっち支払うだけで、いくらでも外付けできるのだから。
そんななかで、ホラーのときが一番困った。
レーベルからは手稿の形式で書けと依頼され、ミーティングを重ねるうちに映像化を前提にするといって、あれやこれやと追加注文がついた。
寝食惜しんでどうにかでっち上げた企画書は通っても、如何せん筆が進まない。
思えば俺もホラー体験だけは縁が無かった。
暴力や自然を危ないと思う気持ちはある。
宗教的なあれこれへの畏怖も知識としては持っている。カトリック教会に通っていた時期もあるし、死んだら入る寺とは今も世話になっている。
でも怖いというものが分からない。
恥ずかしながら死ぬこと以外は世界各地でひと通り経験してきたつもりだが、これが恐怖だなってシチュには遭遇したことがない。
しかし悩んだところで原稿のデッドラインは刻一刻と近づいてきている。
どうにか手を動かすために、俺はオークションサイトで参考資料を買うことにした。
100ドルぽっきりで入手したのはジャンク品のキャストドールだ。
サイズは全高60センチメートルの1/3スケール。詳しく無い俺でも、元が高いものであることは察せられた。
ジャンクだけに、一般的には「怖い」人形だったと思う。
見てくれはまぁひどいものだった。ウィッグも服も無しで、メイクは半分はがれていた。手の指なんて3本も欠けていた。
おまけに前の持ち主は物に当たる人種だったようで、どの傷も無理やりたたきつけられた跡があった。
当然出品者も胡散臭かった。
これまでの取引回数は50以上とあるのに、振込先も発送方法も分かってなかった。
さんざん発送を延期した挙句に個人情報丸出しのメールを直接送ってきたものだから、ずいぶんヒヤヒヤさせられたものだ。
だから素直にメールで訊いた。「なりすましですか?」と。
答えは「子供のアカウントを使っています」とのことだった。
子供は作家志望、いわゆるワナビだったらしい。
なまじっか処女作が新人賞の中間選考をひとつふたつ抜けたのがいけなかったのだろう。
大学時代に過度にのめりこんで、そのまま命を削る勢いで書きまくって、そして案の定コンペを落ち続けた。
単位を落として親が様子を見に行った頃には、アパートの部屋はもぬけのからで、原稿の詰まったパソコンと大量の「資料」だけが残されていたそうだ。
最終的に、子供は死体になって見つかった。忍び込んだマンションの屋上で、カラカラに干からびていたらしい。
まあ、向いてないのに間違って目指してしまった作家志望の末路なんてこんなものだ。
不思議なところは何ひとつ無い不幸だった。
一世一代の傑作? それでプロになってどうなる? 〆切は月単位だ。毎月「傑作」を執筆する気か?
いざ種が明かされてみると、せっかくの「怖い」人形もつまらない置物にしか見えなくなった。
それから3日ほど経ったころだ。私用のメールアカウントに覚えのないアドレスからの新着通知が来た。
件名はただ「あげます」とだけ。
中身はpdfで保存されたホラー小説の原稿だった。
出来は、素人が作ったとすぐ知れる程度のものだった。
コンプラ違反の固有名詞はそのまま。個人への攻撃とも取られかねない表現に、いかにも辞書を引きながら書いたようなくどい表現。
俺に怖いものはない。当然、幽霊も信じていない。
今回も、なかなか面倒を背負いこんだな、としか思わなかった。
こんなものを商業に乗せたところで、権利周りが面倒で売り物にはならない。かといって握りつぶすのも恨まれそうで厭だ。
そんな折に、よく見ていたyoutuberが新しく怪談投稿サイトを開いたと聞いた。
以上が顛末だ。
信じようと、信じまいと、好きにすればいい。
どの話も俺の考案ではない。だから、これは誰かの身の上に本当に起きたことかもしれないし、嘘っぱちかもしれない。
カドが立たないように俺が手を加えた作品もある。アイデアだけもらって原型を留めていない話もある。
幸いホラー小説の件はレーベルの都合で立ち消えた。
修理費含めて4万円の人形で縁ができたから、あと16万円分は付き合えるわけだ。
今も原稿は送られてくる。直したらすぐに上げていこうと思う。



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