ASMRって聞いた事ありますか? 最近ではYouTubeのショート動画にもよく流れてますから、一度は聞いたことがあるんじゃないかと思います。耳掻きや咀嚼音など色々種類はありますが、その中でも私は入眠を促す囁き声、所謂おやすみボイス的なものを好んで聞いていました。
それも、全くの素人が録音した無料の音声です。
もちろん、有料のものと比べると質は劣ります。マイクのボフッという音だったり、滑舌の甘さが気になることもありました。また、収録環境も悪く、外を走る車の音や、雨の音、挙句の果てには他人のカラオケの音まで入っていることもありました。多分その人は、カラオケルームで収録したのでしょう。
それでもたまに、きちんとしたマイク、きちんとした収録環境、聞き取りやすい滑舌、心地よい声の音声が見つかることもあります。
彼も、そういう素晴らしい音声を投稿してくれる一人でした。仮にAさんとします。
私は恐らく、Aさんの最古参のファンでした。一番最初の投稿はマイクに近付き過ぎたり、外の車の走行音が聞こえたりもしましたが、とにかく声がとても良かったのです。私は真っ先に評価ボタンを押し、彼のTwitterをフォローしました。
彼が二作目、三作目と投稿する内にコメントが付き、フォロワーが増えるにつれて収録環境を整えるようになり、防音室やダミーヘッドなども用意するようになりました。彼の声は心地よく、本当によく眠れました。私は新作の投稿を心から楽しみにしていました。
ただ、不穏な気配も感じていました。Aさんは女性のフォロワーを積極的にDMに誘導するようになり、複数人とオフでも会っているようでした。でも確か過去のツイートで、Aさんには恋人がいたはずです。高校生から付き合っている彼女が。女性関係でトラブルにならなきゃ良いけど、と思つつも静観していました。
それからぱたりと、Aさんはすべての投稿をやめました。
トラブルがあったかもしれないし、仕事が忙しいのかもしれない。急にいなくなるなんてネットではよくあることですから、私は残念に思いつつも深くは気にしていませんでした。
それから3年ほどたって、久々にAさんのTwitterが動きました。新作を投稿しました、という報告です。
夜勤明けでそれを見つけた私は喜びました。丁度、今から昼寝をする所だったのです。イヤホンを耳につけて、ベッドに横たわりました。
「おひさしぶりです、Aです。この音声を聞く前に、まずは準備をしてください」
Aさんの声は昔より固く、淡々としてるように聞こえました。久々の投稿で緊張しているのかな、とほとんど寝かけた頭で思いました。
「まず、玄関の扉、もしくは窓をほんの少しだけ開けたままにしてください。あるいは、頭の中で玄関や窓を開けた状態で固定するイメージをしてください」
妙な指示でした。流石に今から寝るのに玄関を開けることは出来ません。私は窓をほんの少しだけ開けるイメージをしました。
「……出来ましたか? 続けます。開けた玄関や窓から、いつも貴方が音声を聞いている場所まで歩いて下さい。その道中に扉があれば、全て開けて下さい。また、鏡や写真があるなら、それはすべて伏せるか、壁に向けて下さい」
私はベッドから身体を起こしました。流石に指示が細か過ぎますし、妙です。
「それが出来たら、部屋を暗くして、横になって。絶対に目を開けないで、音声を聞いて下さい」
私は全ての指示を無視し、スマホを操作しました。音声を止めようとしました。そうしてふと、Aさんの声の向こう側に別の音が聞こえることに気付きました。彼の高性能なマイクが拾ったのでしょう。それは猫の鳴き声にも、赤ん坊の鳴き声にも聞こえました。
「むひがんじゅくしょに行きます。行きましょう。迎え」
私は音声を止めました。眠気は完全に冴えていました。久々の投稿で悪ふざけをしているのでしょうか。それにしたって、行き過ぎています。
見かねて私はコメントを残しました。気味が悪いから聞かない方が良いと書けば、きっと皆むしろ聞いてしまうでしょうから。「音声が壊れているようです」とだけ書き残しました。
それから一時間仮眠を取り、目が覚めてから確認すると音声は消えていました。Aさんの投稿もありません。
この出来事以降、私は無料の素人一般男性のASMRを聞くことはやめました。音声の中に、何が混じってるか分かりませんもんね。




コメント
投稿について感想や考察を書けます。
コメントを読み込み中...